ハプニング(1)


うーん・・・この状況を、何と言ったらいいんだろう?
周りを見渡してみればオレこと ”益田義人” の経営する 『jazz bar CANTALOUPE』 の店内だし、さっきのハプニングで気を失う前と状況は変わっていない。
ただまあ・・・なんて言えばいいんだろう?一つおかしな事があるとすれば、起きている ”オレ” の前で、カウンターの上に伏せるようにして ”オレ” が倒れているってのが、おかしい所なんだろうな。

よし。これは夢だと仮定してみよう。夢ならば頬をつねってみても痛くないはずだ。
・・・うん。夢じゃないな。
さて、困った。・・・とりあえず倒れてるオレの様子でも見てみるか。


「オーイ、オレ!」


・・・あー、何となくそんな気はしてたけど・・・この声、零一の声だわ。
カウンターに置いてあった銀のお盆を掴んで覗き込んでみると、確かに幼馴染兼悪友 ”氷室零一” の姿が映る。・・・っつーことは、こいつ起こしたら、間違いなく中身は零一なんだろうな・・・。


「う・・・ん・・・ここは・・・。」


へぇ・・・オレってこんな声してたんだ。知らなかったな。
そんな感慨は取り合えず置いておいて、何も判らず驚くであろうオレに声をかける。


「よ。気がついたか?」

「ああ・・・!!!!????」


顔を上げたままものも言えずにオレを凝視しているオレへとウインクしたオレは、丁度手にしていたお盆をオレへと向けてやった。


「これは、益田・・・。ということはお前、益田か?」

「ああ。やっぱオマエ、零一か。・・・さーて、どうしたもんか。」


どうやら俺たちは、中身が入れ替わってしまったようだ。
こんなどっかの少女向けの恋愛小説みたいな展開が起こるなんて、信じられないと言うか・・・まあ、起きてしまった事は仕方が無い。
まだ半分呆けた状態の零一の再起動が終わらないようなので、オレは一人で原因を考えてみる。
でもいくら考えてもさっきのハプニングが原因だとしか思えなかったオレは、いつもの零一のまねをして眼鏡を上げながら、もう一度何が起きたかを思い出した。

・・・ついさっきまで俺たちは、店に客が居ないのをいいことに盛大に議論をしていた。・・・と言えば聞こえはいいが、中身は子供の喧嘩だ。それが白熱し、ムカついたオレはカウンターに座る零一へと顔を突き出し、丁度立ち上がった零一の頭に頭突きする格好に。・・・そのまま俺たちは気絶し、今に至る。と言う訳だ。

さあ、この決まりきったパターン、どうしてくれよう。
それ以上に、元に戻るためにはもう一度頭突きをしないといけないのかが問題だ。・・・アレ、目から火花が飛び散るほど痛かったからな・・・。









一夜明けた朝。
・・・オレの姿は零一のマンションにあった。
とりあえず再度頭突きをするという案は、危険が伴うという零一の反対で却下され、一夜明けてみれば元に戻っているかもしれない。との楽観的な意見で決着させた。
念のため、オレは零一の部屋に泊まったという訳だ。
そしてオレは・・・相変わらず、零一の姿をしたオレとしてこの場に居たのだった。


「戻ってない・・・みたいだな。」

「ああ。そのようだ・・・。」


オレにしては驚異的に早い時間に叩き起こされ、見上げた先にあったぼやけたオレの顔にため息を吐く。
視界がぼやけているのはきっと、目の悪い零一の体のせいだろう。眼鏡でもかけるか。
眼鏡をかけ終え、さて、どうしたものか・・・と顎に手を当て考えようとした時、零一が酷く嫌そうに口を開いた。


「本日は、一時限だけ授業があるのだが、受験を控えた三年生なので休むわけにはいかないのだ。
四時限目の授業であるし、三年生は午前中のみの授業であるから、授業後にホームルームを行ってしまえば帰宅しても問題ないのだが・・・。」

「ふーん。そっか。・・・ってオマエ、今オレじゃん。授業なんて出来るの?」

「・・・いつもの起床時間より早くお前を起こしたのは、何のためだと思う。」

「なんのって・・・もしかして、お前のフリをしろってか!?」


眠気が一気に覚めたオレの前で零一は、オレにはてんで似合わない表情・・・重々しい表情で頷いた。



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